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言うべきを言ず、叱るべきを叱らない。そんな親が増えました。子どもに遠慮し、子どもを叱るたびに、何か自分が悪いことをしているような罪悪感に悩まされる、そういう気の毒な親が多いような気がします。 なかには、「私は子どもを叱ったことがない」ということを自慢げに語る親さえいます。あきれてものが言えません。この親は、一体何ものなのでしょうか。親であることを真剣に考え、子どもの将来を思ったら、子どもに厳しくするのが当たり前なのに、それをできないことを鼻にかけるとは、少しおかしくないでしょうか。 ある人は、叱り方について述べています。 「上手な叱り方などはありません。それに、自分の子どもに、親である自分がどうしてそんなに遠慮するんですか。上手に叱れなくたって、いいじゃないですか。スマートな叱り方なんてできなくていいんです。感情的に怒鳴り声をあげたっていいんです。とにかく子どもの間違いを見つけたら、その場ですぐに叱ればいいんです」 「今は命令で子どもを動かす時代じゃないんだ」という人もいますが、そういう人に向かって、「それでは、どうやって動かすんですか?」と質問すると、「優しく柔軟に」「子どもと同じ目線に立って」などと、およそ具体性のない答えしか返ってきません。そんなやり方では子どもは言うことを聞きません。 ある先生は、高圧的に命令することが決してマイナスにもならなければ、それによって必ずしも相手が不満に感じることもなければ、人間関係がおかしくなることもない、と指摘しています。「命令が絶対にダメ」ということもないのです。 ちょっと考えてみればわかるように、命令することによって人間関係が必然的におかしくなってしまうのであれば、何の教育も指導もできないことになってしまいます。先生が生徒に向かって、上司が部下に向かって、親が子どもに向かって命令するのは、ごく当たり前のことではありませんか。 子どもを叱るときには、あまり上手な叱り方など考えなくていいのです。最初は、誰でもヘタクソです。ただし、叱るのも一つの技術ですから、叱れば叱るほど上手になっていくことはあります。 一番上の子どものときにはあまり上手にできなかったのに、二番目、三番目の子どもには上手に叱れるようになる、ということもあります。叱り方のコツのようなものも何となくわかるようになります。 あまり深く考えすぎないようにしてください。子どもの間違いを正すのは、悪いことでも何でもなくて、親として当たり前のことなのです。
たいていの家庭では、母親が一生懸命に勉強させようとしても、父親が余計なことを横から言ってしまいます。 「おいおい、勉強なんかしたって、まったく役に立たないぞ」 「そんなに目くじらを立てて、勉強、勉強、言うなよ。かわいそうじゃないか」 父親がそうやって甘やかすと、子どもは、「ほら、お父さんだって言っているんだから、勉強しなくたっていいじゃん」と口答えしてくるに決まっています。 これでは子どもが勉強するようにはなりません。 母親が子どもに勉強させるように注意しているときには、「そうだぞ、母さんの言うとおりだ」と母親を援護射撃してあげるのが父親の役割です。そのほうが、お母さんのメンツも潰れないというものです。 なお、子どもに勉強させるときには、部屋に一人きりにさせてはなりません。 必ず、自分も一緒に部屋にいて、読書でもしていればいいのです。 あるいは、隣に座って、教えてあげなければなりません。 子ども一人では、だらだら机に座っているだけの勉強になりがちです。自分ひとりで勉強をはじめるのは、ある程度の年齢に達して勉強をする姿勢ができあがってからです。 親が教育熱心だと、子どももそれに応じてくれます。 親が期待していることを、敏感に感じ取るからでしょう。 親が子どもの勉強に付き合っていると、まさに親のやる気が子どもにも感染することでしょう。子どもの部屋に一緒にいるのは、監視のためもありますが、自分のやる気を子どもにアピールするためでもあります。 子どもには勉強するように言っておきながら、自分は居間でテレビを見ているようでは、子どもに自分のやる気が伝わりません。ですから、子どもと一緒の部屋にいてあげることによって、自分のやる気をアピールするのです。 |
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