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結婚したら、普通なら子どもができるのでしょうが、現在は少し様子が変わってきました。この当然のことが当然でなくなってきたのです。 昔の子どもは「親はなくても子は育つ」とか「捨て育ち」などという言葉があったように、いろいろと親の目を盗んでは悪いこともしてきたものです。 それが最近では、よちよち歩きの頃から送迎バスによる保育園通いをするなど、過剰溺愛で、近所の子どもとちょっとケンカしただけで、お互いの親が出てきて子どものトラブルをさらに大きくしたりしています。 それ以上に問題なのは、ずっと言われ続けていますが、出生率の低下です。 これには次のような原因があるのでしょう。 @ 結婚せず、生涯シングルでいく。この考えは女性に多く、男性ではやや少ないと聞きます。 A 子どもを産まず、夫婦だけで人生を楽しむ。 B 子育ての費用が家計を圧迫する。 C 子どもの養育そのものに自信がない。 D 核家族で親元を離れて生活しているので親の助言や協力が得にくい。 E 当事者本人の健康とか体質的な点に不安がある。 などなど、この件に関する限り悲観材料が多く、日本の前途は極めて暗いといえるでしょう。 しかし、やはりみんなが知恵を出して、何とか解決のメドをつけないかぎり、今のままでは少子高齢化が進み、働き手がいなくなり、日本国自体の活力が失われてしまいます。 子どもを産んでこそ、はじめて親としての実感が湧くものです。このしみじみとした実感を経験せずには、本当の人生の喜びや充実感は味わえないし、また、一人の社会人として使命感的なものがわき出ず、心から充実して生きる希望にもつながらないはずです。 子は鎹(かすがい=材木と材木をつなぎとめる金具)といわれます。まさにその通りで、子どもがいたからこそ、あのとき頑張れたとは、よく聞く話です。人間が理性だけで生きるのではありません。 子どもを育てるのに些細なことでの一喜一憂はつきもので、また無事に成長した姿を見て、しみじみとした幸せを感じます。ここに人間として、親としての喜びがあるのです。 これを経験しない人に、本当の人生の妙味なんてわかるはずがありません。もちろん、広い世間のことだから子どもが突然事故に遭うとか、不意に他人に危害を加えられるなどして悲痛な事態に巻き込まれる人もいないではありませんが、まず、よほどの不運に出くわさないかぎり、めったに子どものことで嘆き悲しむことはありません。 その子どもが健康健全で、仕事を含め将来に大きな不安がないのは、親としてまさに、幸せといえるでしょう。
戦後、日本が発展途上にあったころは、貧乏人の子だくさんと言われるように、路地には子どもがあふれていたもので、上品なお金持ち以外は、5人から10人程度は子どもがいたものです。 それが今では少子高齢化が進み、未来に深刻な影を投げかけています。 たまに3人のお子を連れている若いお母さんに出会うと、思わず声をかけたくなるほど微笑ましいし、心から健やかな成長を願って応援せずにはいられません。 こんな時代だと、兄弟とか姉妹がいることさえまれであり、まして多くの人と親密な関係になるのは難かしいです。せめて学校でも会社でもできるだけ自我を出さず、良い人間関係をできるだけ多く持つのが、人間本来の幸せにつながります。 人間の本質は集団性にあり、集団の中にいてこそ、生きがいにつながるのであり、ひとりぽっちでは、どれだけお金に恵まれていても幸せ感はほど遠いといえるでしょう。 |
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